母親の名前なんて、知らない。
(あぁ・・・、そうかもしれないな。あいつらは、縁が子供を生んだという事実を認めたがらなかったから)
 あいつら?何の話をしてるんだ?
(お前が知るのはまだ早い。時間ならあるんだからゆっくり行こうぜ。焦ったって、なんの得にもならねぇんだからさ)



「成智?おい、起きてるか?」
はっと顔を上げると平塚さんの手が目の前でひらひらしていた。
「すげぇ集中力だな」
 (夢・・・?)
映像は無かった。ただ、会話だけが妙に印象的で、一体俺は誰と話していたんだろう。
「仕事終わったんか?」
「あぁ、ええ、たぶん・・・」
「たぶん?はっきりしねぇな。まぁいいか、楓さんから伝言。終わったら帰っていいよだって」
「え、楓さん戻ってきたんですか?」
「あぁ、20分ほど前に。そんときお前ものすごい勢いでキーボード叩いてたからさ、楓さん遠慮して話しかけなかったんだよ」
「すみません・・・」
「謝ることじゃないさ、終わったなら楓さんの好意に甘えてとっとと帰んな。」
平塚さんはにっ、と笑うと「期待してるぜ、御曹司!」と耳元で呟くと自分の場所へ戻っていった。
小さくため息をついて、パソコンの電源を落とし部屋を出た。
さっきの会話が妙に頭に残っている。

何を忘れている?

鍵を。
記憶の扉を開く鍵を。

バイクにまたがりエンジンをかける。
伝わってくる振動。
声が聞こえた。

(日記を探せ)
日記・・・?
(そう、日記。お前は既に手に入れている)
手に・・・?日記なんてつけたことない。
(誰がお前の日記だなんて言った?)
他人の日記ってことか?
(他人でもないがな)
・・・お前は一体
(その質問はしない約束だろ)
約束なんてした覚えはない。

スピードメーターが振り切れ、赤いランプが灯っていた。

(俺は言ったはずだ)
フェアじゃない。
(なにが)
何故、お前の要求ばかり呑まなきゃならない?
(そりゃ、お前の要求と俺の要求がリンクしているからさ。そもそも、お前の要求を呑むにはお前は俺の要求を呑まなきゃならねえ)
訳がわからない。
(そりゃそうだろうよ。お前はなにも覚えてないんだから)
思い出せば良いのか?
(てっとり早くコトを解決したいなら)

ずいぶん遠回りをした気がする。
マンションの駐車場にバイクを停め、階段を上がった。
誰も居ない部屋の鍵を開け、寝室へ直行した。
いつものように、鞄を放り出しベッドへ身を投げる。
頭がぼうっとする・・・。
いつからこんな頭痛を気にするようになったんだろう。昔は自分の体調なんて気にしたこともなかったのに。
本当に?
俺は何かを忘れていないか?そもそも、昔っていつだ?小学生か?そういえば、あいつとであったのもその頃だったよな・・・。
俺は、お前から一生・・・。


目の前に広い広いプールが広がっている。

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