幼いころから、両親の期待に応えようと必死だった。ほしいものを口にしたこともない。ただ、血のつながらない自分が疎ましく思われないよう、彼らの欲しい子供を演じることだけがサトルの毎日だった。身を守る術がそれしかなかったのだ。
自分は、実の親に捨てられた。
二度と捨てられてたまるものか。
捨てた。
捨てられた。
人をもののように扱いやがって。
勝手な都合で振り回しやがって。
期待に応えなければ。
理想の子供にならなければ。
成績は優秀。
スポーツ万能。
聞き分けの良い、
いい子。

いい子。

いい子でいることがそんなに大事なんか?
お前にとっての自分はなんなんや?

そう問いかけたやつもいたっけ。
今はもう、この世にはいないけれど。

(そうだ、お前には、なにがある?)
なにもない。
(なにが、)
なにもないんだよ!
俺には、自分がない。
(本当にそうなのか)
・・・じゃあ、あんたは俺になにがあるのかわかるってのか?わかるっていうんなら、教えてくれよ!
(北の端に、もうひとつ資料室がある)
そこがどうした。
(そこに行け)
そこにいけばわかるのか。
(ヒントは十分すぎるほどやった)
サトルは頭の中で鳴り響くその声に従った。
北の端の資料室。
同じような景色が続くこの地下書庫で、そこにだけは近寄れなかった。
怖い。
自分が呼吸をしているのかすらわからなくなっていた。
(そうだ、そこにある)
俺は、何を・・・。
(考えるな)
考えるな?
(そこに、赤い、革張りの本があるだろう)
資料室の一角、ひときわ埃がたまっている本棚にそれはあった。
少しくすんだ赤色の背表紙に、金色の文字でDIARYと刻まれているその本はなぜかほかの本たちよりも目だっていた。
(やっと、たどりついた)
これが、ヒントか。
(おまえの生きるヒントだ)
そっと、赤い背表紙に手をかけた。
寒気がした。
手に取ると、その感触はひんやりと冷たく、そしてサトルの心のようにずっしりと重かった。
少し剥げた表紙をめくると、飛び込んできたのは色あせたインクで書かれたメッセージだった
『Dear ryuichi
happy birthday!
From yukari』
「リューイチ・・・?」
ページをめくると、そこに記された文字はすでにインクが風化し、ほとんど消えかかっていた。
「なんて書いてんだ、これ・・・」
(11月5日・・・はじめて、誕生日を祝ってもらった)
「・・・はじめて、生まれてきたことを祝福された・・・?」
(何を書いていいのか)
「わからないけれど・・・」
(三日坊主にならないように、)
「努力はしてみよう・・・」





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