閣下の仰せのままに。

丸い透明な天井から光が差し込んでくる。そこにはたくさんの植物があって、まるで温室みたいな雰囲気をかもし出していた。けど、ここが温室ではなくて実験室だってことは入り口にちゃんと書いてあったし、目立たなくカムフラージュされてはいるものの、そこらへんに設置されてるたくさんのごちゃごちゃした機械を見たらすぐにわかる。
アンドロイド、とか人工生命体とか色んな呼ばれ方をされる機械たちがここにはうじゃうじゃしてる。
マスターって言う人間、つまり機械じゃない・自由を持ってる生き物のこと。日本ていうちっこい島国の言葉でご主人様・って言うらしい。僕はマスターの声にしか反応しない仕組みになってて、彼の言うことには逆らえない。これもアンドロイドの宿命の1つだよね。別に不満なんてナイし、不満ていう感情がどんなものだかも知らない。

でも、最近、少しだけ変なんだ。

いつものマスターの声が、聞こえない。
マスターだと、姿で認識できるのに、声だけに反応しないんだ。
『ツバキを殺せ』
確かに、その言葉を発しているのはマスターなんだ。
何で、命令を遂行できないんだろう。
『彼女を壊すんだ』
背を向けていたけれど、マスターはそう僕に命令した。いままで、こんなことなかった。マスターの命令が聞こえなくなる・聞こえているのに体が動かないなんて、お払い箱にされちゃうんじゃないの?単なる故障だといいけど。

ねぇ、マスター。どうも故障っぽいんだけど。

『故障?』

そう、故障。だって貴方の声が認知できずに体が動かない。
 
『……お前の耳は私の本心を聞き分けるのか』
そういうと、マスターは普段吸わないタバコを引き出しから取り出し、火をつけ大きく一口だけ吸った。
『機械は騙せん』
煙と一緒に言葉は宙を舞う。
 
ツバキ様を、僕は殺せない。貴方の命令を遂行できずにいるんだ。コレって故障でしょう?

マスターは複雑に顔をゆがめて少しだけ微笑むと、僕の方をぽん、と軽くたたいてこう言った。
『自分の娘を殺したがる酔狂な奴はいないさ』
どういうことですか、マスター。貴方は結婚すらしていない。

『ツバキもお前も皆私の子供だよ。自分のこの手で命を与えたのだから。ただ、ツバキは……』

そう言って哀しそうに僕の目を見ると、自分の愛する人に似せて作ったこと、その人はもうこの世には存在していないこと、そして、人工生命体であるツバキに許されることのない感情を抱いてしまったことを語った。

『尋常じゃない・とイヤになる。だから、もういっそのこと壊してしまおう、私の目の届く範囲で最期を迎えさせようと思ったんだ。コレが自分かと恐ろしくなるほど勝手な理由だよ』

でも・・・。
ツバキ様が嫌いとか、憎いとか・・・そんな理由じゃないんでしょう?

『あぁ・・・その通りさ。・・・そんなに泣くな。私が言っていることのほうが間違っているんだ。自分のエゴの為にお前の手を血に染めさせようなんて・・・』

そういうと僕の頭をぽんとたたいてタバコをくわえたまま扉の向こうへと消えた。

僕には『愛している』という感情なんて解らないけれど、マスターが本当にツバキ様をこの世から消したいと望んでいるなんて思えない。

マスター、何故、ツバキ様を造ったんですか?愛する人が恋しかったからですか?僕は、なんの為に造られたのですか?

立ち尽くすだけで、何も出来ない。
なんのためのアンドロイドだ?
マスターの為に生まれ、マスターの為に生きるのではないのだろうか?
ならば。

「ツバキ様、お話があります」
「改まって、なに?」
透けるような声だった。
「マスターのことなんですが」

ツバキ様は僕よりも2タイプ新しい。
心臓部の機械が僕よりも複雑に進化し、喜怒哀楽がより人間に近くなっている。
そんな彼女に、僕みたいな旧式が話しかけるだなんて、本当ならありえない。

「和実がどうかしたの?」
可愛らしい、と表現するのだろうか。首を右へ約15度傾けて言った。
「どうかした、というわけではないのですが」
新型のアンドロイドは気を遣ったのか、座って話しましょう・と僕にそばにあった椅子を勧めた。
「マスターから命令されました」

「あなたを殺せ、と」

ツバキ様は、少しだけ目を大きくし、僕を見据えた。
「でも、僕にはこの命令を遂行出来ません」
「なぜ?あなたにとって『マスター』の命令は絶対でしょう?」
表情を変えずに言うツバキ様を、初めて怖いと思った。
「っ、出来ません」
「だから、何故?」
「マスターが、望んでいないから・・・です」
「でも、命令は命令。あなたは和実がマスターである限り、彼の命令に絶対背くことは  出来ない。それはわかっているでしょう?」
やっぱり、機械だ。
与えられたプログラムを、忠実に守る、機械だ。
「僕は――――――あなたとは違う・・・」
「どうちがうの?」
流石に反応が早い。
「・・・思考が、あります」
「シコウ?」
そういうと、また首をかしげた。
僕と、ツバキ様の視線が宙でぶつかる。
「思考が僕にはある。進化するんです」
「シンカ?」
あたりを包み込む沈黙。
目を反らすことができない。
そんな魔力のような視線だった。
ごくり・と喉が鳴る。
沈黙を破ったのはツバキ様だった。
「あなたが進化をするとして、だからどうだって言うの?主(マスター)の命令があなたにとって絶対であることは変わらないはず」
冷ややかな目だった。
このアンドロイドは、死が怖くないのだろうか。
「マスターはあなたの死を望んじゃいません」
「わたしはわたしの死を望みます」
予想だにしない言葉だった。
絶望・というのだろうか。
深く、深く、うなだれた。
「ね、お願い。そんなに哀しそうな顔をしないで」
僕の方に手を掛けた。
「私、知っていたの」
ささやくような、やはり透明な声だった。
「和実が、私を死んだ奥さんに似せて作ったこと。バカよね。そんなもの、すぐに破綻するに決まってるのに」
そこで、ふふっ・と笑った。
「メインスイッチはここよ。わたしでは手が届かない」
そう言って背を見せた。
そして、確かに首筋のすぐ下に小さなボタンがあるのを確認した。
目がかすんでよく見えない。
「・・・・・・解りました。では、マスターの仰すままに」
手を伸ばし、ボタンに触れた。





丸い透明な天井から光が差し込んでくる。そこにはたくさんの植物があって、まるで温室みたいな雰囲気をかもし出していた。けど、ここが温室ではなくて実験室だってことは入り口にちゃんと書いてあったし、目立たなくカムフラージュされてはいるものの、そこらへんに設置されてるたくさんのごちゃごちゃした機械を見たらすぐにわかる。
アンドロイド、とか人工生命体とか色んな呼ばれ方をされる機械たちがここにはうじゃうじゃしてる。
マスターって言う人間、つまり機械じゃない・自由を持ってる生き物のこと。日本ていうちっこい島国の言葉でご主人様・って言うらしい。僕はマスターの声にしか反応しない仕組みになってて、彼の言うことには逆らえない。



全てはあなたの仰すままに・・・・・・―――――――